
長寿とは何か?
「長寿」と聞くと、寿命の延長だけに焦点が当たっていると思われがちですが、実際には健康状態と寿命の両方を意味します。たとえば、平均寿命(約80歳)を超えて、健康に暮らしている人は「長寿」と表現されます。長寿を伸ばそうというロンジェビティテクノロジーの動きを追います。
長寿人口が多く見られるのが「ブルーゾーン」と呼ばれる地域です。ここでは高齢者が元気に活動し、90代で現役という光景も珍しくありません。有名なブルーゾーンには、ギリシャのイカリア島、日本の沖縄、イタリアのサルデーニャ島などが含まれます。
過去150年で劇的に改善された人類の長寿
例えば米国では、1800年代後半の平均寿命は約40歳でしたが、現在は77歳以上まで伸びています。
しかし、寿命は延びたものの、健康に生きる年数(健康寿命)の伸びは遅れています。多くの人が加齢に伴う病気で苦しみ、人生の最期の数年間を不健康な状態で過ごしているのが現状です。
65~74歳の人々における複数疾患の有病率は、2015年の**45.7%から2035年には52.8%に増加すると予測されています(Kingston, 2018)。英国NHSの研究では、男女ともに人生の約23%**を不健康な状態で過ごしていることが判明しました。
この寿命と健康寿命のギャップこそが、現在の長寿産業が取り組むべき課題であり、ロンジェビティテクノロジーによる「健康寿命=ヘルススパン」の延伸が目標です。
ヘルススパンとは?
寿命(ライフスパン)が「生きている期間」だとすれば、ヘルススパンは「健康でいられる期間」です。
長寿研究ではヘルススパンの延長に重きが置かれており、その結果として寿命の延長も期待されます。
100歳を迎える長寿者の多くは、人生の95%を健康に過ごしているとされ、長寿産業ではこのような「病気の時間(モービディティ)」をできる限り短縮することが目標とされています。
長寿と経済の関係
長寿化が進むと医療費や介護費が増え、経済に悪影響を与えるという懸念もあります。主な課題は:
- 引退者の増加による労働力不足
- 高齢者による資産売却による市場の不安定化
- 医療・介護費の増大による財政圧迫
しかしロンジェビティテクノロジーによって、健康寿命が延びれば、高齢者も労働力として活躍でき、生産性の向上に寄与します。
Andrew J. Scott教授らの研究では、老化速度を緩めて寿命を1年延ばし、病気の時間を圧縮できれば、アメリカ経済に38兆ドルの価値をもたらすと試算されています(Ellison, Scott & Sinclair, 2021)。
私たちはどう老いるのか?
長寿には遺伝・環境・生活習慣の3要素が関与しており、それらは細胞・分子レベルで身体に影響を及ぼします。
例えば遺伝的要因は、がんや心臓病、うつ病、アルツハイマー病などのリスクを左右しますが、生活環境や習慣による細胞レベルのダメージの蓄積も老化の要因です。
加齢とともに修復能力が衰え、組織の機能低下や疾患が発症します。したがって、**生活習慣の改善や介入(Longevity Interventions)**によって、健康と寿命を延ばすことが可能と考えられています。
パーソナライズされた長寿ケア
加齢に対する反応は人によって異なります。そのため、長寿に関する介入や健康法も「万人に共通」ではなく、個別化されたアプローチが必要です。
人はそれぞれ遺伝情報・生活習慣・環境が異なるため、老化の進行メカニズムも人それぞれ。例えば、ある人は酸化ストレスにより肝臓から老化が進行し、別の人は腎臓の老廃物処理の不足によって老化が加速します。
このため、同じ年齢でも健康状態や疾患のリスクに大きな違いがあることが多いのです。
加齢の測定方法:実年齢と生物学的年齢
「実年齢」は地球が太陽の周りを回った回数=カレンダー年齢であり、誰もが等しく加算されます。しかし、実年齢=身体の老化度ではありません。
例えば、65歳の2人が見た目も体の機能も大きく異なることはよくあります。これを説明するのが「生物学的年齢」という概念です。
生物学的年齢は、遺伝子・生活習慣・細胞状態などの情報をもとに、体の中の実際の老化度合いを示します。健康長寿を目指すには、実年齢ではなくこの生物学的年齢を意識することが重要です。
モニタリングによる加齢対策
個々人が最適な加齢対策を選ぶためには、自身の状態を定量的に測定・記録・評価することが不可欠です。
ロンジェビティテクノロジーの分野として、生物学的年齢の測定にはさまざまな手法があります:
- エイジング・クロック(DNAメチル化など)
- バイオマーカー検査(血液や組織の老化指標)
- 身体機能検査(筋力・認知・呼吸など)
- イメージング検査(MRIやCTなど)
- デジタル測定(ウェアラブル端末など)
これらのデータをAIで分析し、**個人の老化の軌道(Trajectory)**を予測するロンジェビティテクノロジー技術が進化しています。
生活習慣による長寿介入
運動
運動は最も効果的な老化抑制手段ロンジェビティテクノロジーの一つです。研究によれば、適度な運動は全死亡リスクを最大30%減らし、寿命を最大7年延ばす可能性があります。
加齢によって筋肉の修復能力が低下しますが、運動によって若返り作用が発揮されることも動物実験で確認されています。
睡眠
良質な睡眠は、脳と体の再生に不可欠です。睡眠不足は、肥満・糖尿病・心疾患・うつ病などのリスクを増やします。
研究では、7時間以上の睡眠が最も健康・長寿に有利であるとされ、**睡眠は運動や食事に匹敵する「長寿因子」**として注目されています。
栄養・断食
バランスの取れた食事は老化の進行を抑制します。地中海式食事法などブルーゾーンで共通する食生活は、野菜・果物・豆類・ナッツ・オリーブオイル中心です。
加えて、**断続的断食(Intermittent Fasting)**は、体内のオートファジー(細胞の自浄作用)を活性化し、老化関連疾患の予防に役立つことが示されています。
サプリメント
近年、NMN、レスベラトロール、スペルミジンなどの長寿サプリが注目されています。
これらは老化の根本的メカニズム(mTOR、AMPK、サーチュイン)に働きかけるとされますが、効果の個人差が大きいため、個別モニタリングが重要です。
医薬品と治療法の開発
糖尿病薬「メトホルミン」は、動物実験や人間の観察研究で寿命延長効果が報告され、老化をターゲットとする初の医薬品候補とされています。これらもロンジェビティテクノロジーの一分野です。
BioAge Labsなどのスタートアップは、AIを活用し、加齢の原因となる経路を特定して医薬品を開発中で、今後10年で「抗老化薬」が実用化される可能性も見え始めています。
未来への展望とミッション:”The WAY”
ロンジェビティテクノロジーを用いて私たち人類は今、「1人あたり健康寿命を延ばす手段」を本気で探求する時代に入っています。国際的な企業や研究者たちは、「Weekly Added Years(WAY)」=毎週どれだけ健康寿命が延びるかという指標を掲げ、全世界で協力を呼びかけています。
エビデンスに基づいた介入と個別最適化によって、健康な時間を最大化する「予防医療の新パラダイム」が始まりつつあります。
参考サイト: longevityドットtechnology