Hallmarks of Aging が示した現代老化科学の共通基盤
老化研究の整理を試みた転換点
老化の研究は長い間、個別の分野ごとに進められてきました。
DNA損傷、活性酸素、代謝異常、炎症反応、幹細胞機能低下など、それぞれが老化に関係することは知られていましたが、研究領域は分断されており、老化全体を統合的に理解する枠組みは存在していませんでした。
この状況を大きく変えたのが、2013年に科学誌 Cell に掲載された論文
“The Hallmarks of Aging”
です。
この論文は、老化研究の共通言語を初めて提示したものとして、現在でも極めて大きな影響力を持っています。
López-Otínらによる原著論文(Cell, 2013)
Hallmarks of Aging: An Expanding Universe(Cell, 2023)
Hallmarks of Aging 論文の著者
本論文は、老化研究を代表する国際的研究者による共同研究として発表されました。
著者一覧(2013)
- Carlos López-Otín, PhD
スペイン・オビエド大学。分子老化研究の第一人者。本論文の中心的提唱者。 - Maria A. Blasco, PhD
スペイン国立がん研究センター(CNIO)所長。テロメア研究の世界的権威。 - Linda Partridge, PhD
University College London/Max Planck Institute。寿命延長研究、栄養シグナル研究の第一人者。 - Manuel Serrano, PhD
細胞老化(cellular senescence)研究の先駆者。がん抑制遺伝子研究でも著名。 - Guido Kroemer, MD, PhD
フランス INSERM。オートファジーと細胞死研究の世界的リーダー。
Hallmarks of Aging とは何か
この論文の目的は、老化を引き起こす個別現象を整理し、
老化に共通する生物学的特徴(hallmarks)を定義する
ことでした。
研究チームは老化を9つの主要な特徴として体系化しました。
2013年:9つのHallmarks
① Primary hallmarks(一次的損傷)
- Genomic instability(ゲノム不安定性)
- Telomere attrition(テロメア短縮)
- Epigenetic alterations(エピゲノム変化)
- Loss of proteostasis(タンパク質恒常性喪失)
② Antagonistic hallmarks(生体応答)
- Deregulated nutrient sensing(栄養感知異常)
- Mitochondrial dysfunction(ミトコンドリア機能障害)
- Cellular senescence(細胞老化)
③ Integrative hallmarks(組織レベル破綻)
- Stem cell exhaustion(幹細胞枯渇)
- Altered intercellular communication(細胞間通信異常)

重要なのは、これらが独立した原因ではなく、相互に関連する現象として提示された点です。
2023年:Hallmarksは拡張された
2023年、同グループは Cell 誌で概念を更新しました。
研究の進展により、老化理解に不可欠と考えられる3要素が追加されます。
新規追加
- Chronic inflammation(慢性炎症)
- Dysbiosis(腸内環境破綻)
- Disabled macroautophagy(オートファジー機能低下)
これによりHallmarksは 12項目 に拡張されました。
特に炎症と腸内環境が正式に含まれたことは、老化研究が細胞中心モデルから全身システムモデルへ移行していることを示しています。

Hallmarks of Agingが与えたインパクト
この論文の影響は単なる引用数の多さにとどまりません。
Hallmarks of Agingは、老化研究における**事実上のベンチマーク(基準枠組み)**となりました。
その結果、さまざまな分野で同様の整理方法が採用されるようになります。
例
- Hallmarks of Cancer(がん研究の体系化)
- Hallmarks of Immunosenescence(免疫老化)
- Hallmarks of Neurodegeneration(神経変性疾患)
- Hallmarks of Metabolic Disease
- Hallmarks of Stem Cell Aging
つまり「Hallmarks」という形式自体が、
複雑な生物現象を統合的に整理する標準的手法
として広く採用されるようになりました。
老化研究の現在地
Hallmarks of Agingは、老化研究に共通地図を与えました。
一方で、この枠組みが広く受け入れられるほど、別の特徴も明確になってきます。
老化に関与する要素は減るのではなく、むしろ増えているという点です。
炎症、代謝、ミトコンドリア機能、腸内環境などは互いに影響し合い、単独では説明しにくい現象として観察されています。
現在の老化研究は、
老化を単一の原因ではなく、相互作用する生体システムとして理解する段階
に到達しつつあります。
次に必要になる視点
Hallmarksは「何が起きているか」を整理しました。
しかし実際の健康管理や臨床では、複数の要素が同時に変化する状況をどのように理解するかが重要になります。
次回は、老化を相互作用の構造として整理する考え方について紹介します。
まとめ
- Hallmarks of Aging は老化研究の共通基盤となった
- 老化は9つ(現在は12)の特徴として整理された
- 炎症と腸内環境が正式に老化機構へ組み込まれた
- Hallmarksという形式は多分野の研究モデルとなった
- 老化理解はシステム的視点へ移行している